Monday, April 6, 2009

一の巻(5)

大学は田舎の畑の中にある。二十年前の独身時代だったら好きになれたかも知れない。時間には早かったので、病院の正面口のところにできたスターバックスでコーヒーを飲む。日本の昔の喫茶店のコーヒーはもっとおいしかったと思う。神戸では西村コーヒーは会員制の店を持っていたぐらいだ。店員の人の愛想はよい。日本の接客小売業は立派だと思う。一息入れて、もって来た雑誌に目を通す。私は、何時にどこどこに行くということが嫌いである。余裕をもっていくといつも余裕を取り過ぎて時間を持て余すし、時間きっちりに着こうとすると間に合わないかも知れないと思って気が急く。そして、実際しばしば遅れる。誰かが、ぼーっとしていても、所定の場所に連れて行ってくれるというのが理想である。そうすれば、時間のことに気を散らすことなく、自分の仕事に集中できると思う。日本には昔から、時間を管理するのも自分の仕事であるし、下らない会議に出たり、つまらない事務書類を書くのも仕事のうちであって、そんな仕事さえ満足にできない者が、本業の仕事を十分に遂行することなどできない、という馬鹿げた観念があるように思う。人間を社会を構成する機械の1ピースと看做しているからであろう。人は社会が期待しただけのことを間違いなくやれればそれでよい、それ以上のことは勝手にやりなさい、という感覚である。この感覚は、学者や作家や起業家であろうと、サラリーマンやアルバイトであろうと同様である。例えば、自動車の生産ラインの人が期待されたことを行わず、勝手に行動すれば、まずいのは良くわかる。それは非常に限定された仕事を達成するという目的があるからである。然るに、学者や作家や起業家にとって同様の資質はむしろ害である。彼らの目標は彼らが設定するのであって、他から言われて働いているのではないからである。日本人の創造性をもっともダメにするのが、創造的仕事に自動車生産ラインでの仕事のモラルをそのまま適用しようとすることであろうと思う。そんなことを考えながら、スターバックスで時間を潰す。外はもう冬の夕暮れが近づいて来ている。どんよりした曇り空が暗くなってきた。

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