Thursday, April 16, 2009

一の巻(8)

 例えれば、これは、答案に名前を書き忘れたら答えが全部あっていても、0点にするという、日本お得意の減点式採点法である。名前を書き忘れるような奴に教官が務まる訳がない、日本語がちゃんとしゃべれない奴は研究ができるわけがない、そんなように候補者の能力を推測するやりかたである。事実、名前を書き忘れたり、仕事に必要なコンピューターを置き忘れたり、発表スライドを間違えたりするおっちょこちょいの優秀な教授は山のようにいる。彼らはもっと重要なことに意識を割いているから、細かいことを忘れるのである。こんな選考方式をとる大学が、研究とはなんたるか、大学教官の資質がどうあるべきか、とても理解しているとは思えない。そこの教官には、将来の自分たちの同僚が自分の大学や自身の研究にどのように益してくれるかということを評価しようとする真摯な態度がない。優秀な教授を迎えて、大学の研究レベルを上げ、皆で向上しようとする気持ちが全く汲み取れない。早い話が、そこの教官には、自分はここの教授であり、現在の生活の安定は取りあえず達成できたので、誰が来ようと義務さえ分担してくれたらそれで構わない、新しく来る奴の研究なんかどうでもよいと思っているように感じられるのである。こういう態度を私は、負け犬根性と呼ぶ。あるいは、がちがちの体制のなかで、皆心ならずも、やむを得ず従っているだけなのかも知れない。

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